カウンセリングの有効性について

カウンセリングの様子

精神科の治療と言えば、現在の西洋医学においては、薬物療法が第一の選択肢になるかと思いますが、次に来るものはカウンセリングになるかと思います。

薬物療法でなかなか思うような改善が見られない方の中にはカウンセリングを検討される方もいらっしゃるかと思いますが、カウンセリングは精神疾患に対してどれほど有効な治療法になるのでしょうか。

当然のことながら、西洋医学の領域に入り、それでもなおかつ薬物療法が主体となっていることを考えれば、薬物療法ほどの有効性が認められていないということは予想されると思います。

ただ、精神的な病気が長引いてしまう人は、どうしてもその人の考え方や価値観に問題があるといったとらえ方をされる傾向があるかと思いますし、カウンセリングを受ければ、当然そういった部分に焦点が向かいますから、そのような傾向は強まると思います。

しかし、本当に、その人の考え方や価値観の偏りやずれから、病気を発症したのでしょうか?

そして、本当にそれを修正すれば、病気が回復するのでしょうか?

個人的体験談

初めに自分自身の体験談をお話させていただくと、通院を開始してからの一年間は薬物療法のみでしたが、薬自体は数パーセント症状の改善が見られただけで、ほとんど治らなかったために、入院し、そこで初めてカウンセリングを受けることになりました。

入院期間は3ヶ月で、その間カウンセリングを受けました。

初めは、実のなる木を描くという「バウムテスト」や、数字の足し算をして一桁の数字を記入していくという「クレペリン検査」、知能検査などがありましたが、その後は自分自身の話をただただ静かに聞いてくださるといった感じでした。

期間が短かったこともあるかと思いますが、入院生活のことを話していただけで、特に何も気づきを得ることはありませんでした。

その後、退院し、整体と出会って、少しずつ回復してきましたが、自宅で療養している際に読んだ、宗教や哲学、精神世界の書籍の方が自分の価値観を根底から覆すほどの大きな気づきを与えてもらったと思っています。

より良く生きるための気づきを得る

衝撃を受ける様子

傲慢という言葉

腕組みをする男性
自宅で療養生活を送っているときには、仕事もしておらず、朝起きてから夜寝るまで何もすることがありませんから、ある時、「せっかく時間を持て余しているのだから、この際に本でも読んでみよう。」と思い、図書館へ向かいました。

生まれてこの方、本などを手にすることは学校の教科書や参考書くらいのもので、ほとんどありませんでしたが、この時に図書館にある精神世界の書籍を読み漁ることになりました。

そこで、一つ心に刻まれた言葉の一つに「傲慢」という言葉がありました。

言葉自体は知っていましたが、これが意味するものを深くは理解していませんでした。

大学受験の際、結局、分不相応な目標を立てて、自分に鞭打って勉強をしており、その結果、無理がたたって、病気を発症することとなってしまたのですが、この時の自分自身がまさに「傲慢」な人間だったわけです。

それまでは、「傲慢」というものが良くないことであるということすら知りませんでしたし、まさか、自分自身が「傲慢」な人間であるとは夢にも思っていませんでした。

「自分の望んだことは何でも叶うんだ」といった考えは、心理学用語で「幼児的万能感」と言って、子どもの頃は誰もが持っているものですが、これがあまりにも強すぎると、「自信」を通り越して「傲慢」ということになります。

「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、何事も程度が行き過ぎると、誤った方向へと進んでしまいます。

結局自分の場合は、このことに気づかせてくれたのは、親でも先生でもカウンセラーでもなく、図書館の書籍だったわけです。

人を呪わば穴二つ

墓石
「人を呪わば穴二つ」という言葉をご存知でしょうか?

穴というのは墓穴のことですが、この言葉の意味するところは、「人を恨めば、自分もその報いを受ける事になるから、相手と自分の二つのお墓を用意しておかなければならない。」つまり、「人を恨めば、必ず、自分自身に返ってくることになるから、決して恨んではいけません。」ということです。

この言葉も同様に自分の心に深く刻まれましたが、その理由はやはり、この「恨み」の念が、病気の大きな原因の一つになったためです。

病気を発症する前は、人を恨み、そのストレスの中で、受験勉強をしていたために、過労と恨みの念という二重のストレスにさらされることになっていたことに気づかされたわけです。

そして、この「人を恨んではいけない」といった単純な哲学さえもこの年に至るまで身に付けてはいなかったということです。

結局このことを教えてくれたのも図書館で手にした書籍でした。

カウンセリングは必要か

まるばつを手にする女性
自分一個人の経験からすれば、確かにカウンセリングは意味を成しませんでしたが、カウンセラー自体は、心理学という、学問を身に付けているために、上記で紹介したような物事の判断基準は持っていらっしゃるわけです。

そのため、考え方なり価値観、性格なりに偏りがあると、それを修正する方向へ導くこともできますが、ただ、日本はカウンセリング自体が遅れていることもあり、まだまだカウンセリングに信頼を置けるようになるには時間がかかるのではないかと思います。

また、「人を恨んではいけない(なぜなら、自分の身を亡ぼすだけだから)」ということは理屈としては分かったとしても、そもそも、「恨み」、「後悔」、「絶望」など様々なネガティブな感情が出る事自体が病気の症状であり、さらに、病気で苦しくて仕方のない時に、「人を恨むな」などといったところで、それがすぐに実行できるでしょうか?

例えばうつ病を例にとれば、脳内ホルモンの分泌に異常をきたしていることが有力な原因の一つになりますが、「健全な精神は健全な肉体に宿る」で、やはり身体の方から健康な状態に戻すようにアプローチをしていくことも重要と考えられないでしょうか。

そして、「考え方を変えなければ治らない」といった言葉もよく耳にしますが、病気で長年闘病生活を送ったことで、その人はすでに様々なことを経験し、考え方や価値観自体も修正されたり、人間的に成長されているということも考えられると思います。

また、哲学、心理学などというものはあくまで学問であり、単なる知識にすぎません。

例えば、病気になったことのない人に、病人の気持ちは分からないと思いますが、ただ単に知識を身に付けただけでは、「机上の空論」にすぎず、本当の意味で人を救うことなどできないのではないかと思います。

本当に優れたカウンセラーでなければ、カウンセリング自体がそれほど意味をなさないということも起こりうるかもしれません。

カウンセリングに対する個人的な思い

ふたばの植物
これまで紹介させていただいたことを考慮すれば、精神疾患に対するカウンセリングの価値というものが見えてくるのではないかと思います。

ただ、病気自体を改善させるのに、どれほど有効かということであれば、カウンセリング単独ではそれほど多くを期待することはできないと言えるかもしれませんが、それでもやはり、考え方や価値観にあまりにも偏りがある場合は、治療の妨げになるでしょうし、病気が治ったとしても、再発を繰り返すということもありうると思います。

また、その人が社会に適応し、より良い人生を生きていく上でも、カウンセリングは重要な意味を持つと思います。

自分自身はまだ本格的にカウンセリングを学んではいませんが、いずれは身に付けて、より良い人生を生きるための気づきを与えられるようになれたらと考えています。

ここに紹介させていただいたことは、主観的な内容が多いとは思いますが、客観的事実も含まれていますので、すべてを絶対視するのではなく、一つの参考意見としてカウンセリングを検討されてはいかがでしょうか?